現存する日本最古の書物「古事記」の中でも、不老不死について記述があるほど、不老は太古からの永遠のテーマです。しかしそれはあくまで叶わぬ夢であり、老化は避けられないものというのが多くの人の共通の認識なのではないでしょうか。しかしここにきて幹細胞という存在が、老化に対するこれまでの認識を大きく変える可能性を示しています。
老化が起こるのは、細胞が老化しているから
人は加齢とともに肌にはシワが発生し、骨や関節がもろくなったり、疲れが抜けなくなったり、視力、聴力、反射神経が衰えるなど身体全体の機能が低下するさまざまな症状が起こります。なぜ人は年齢とともに老化してしまうのでしょう。それは人体を構成している細胞が酸化したり、糖化したりしてその質を下げ、その上数自体も減少してしまうからなのです。細胞が老化してしまうと、必然的に人体も老化してしまいます。
2019年4月に国際科学誌ネイチャーに発表された研究報告書によると「細胞競合を行うことで皮膚の若さと恒常性を維持する」「細胞競合が減弱すると皮膚が老化する」ことが明らかになっています。他にも数々の論文が老化と幹細胞の関係を示唆し、マウスを使った研究結果が多く報告され、幹細胞と老化予防の関連にこれまで以上の注目が集まっています。
現在ではそれを受け、限られた医療機関になりますが、老化を防ぐために幹細胞を投与する幹細胞療法を行う人も増えてきています。
幹細胞療法とは
人体そのものがもともと持っている再生能力を活かして機能障害を起こした部位を治療することを再生医療と呼びますが、その中で使用されるのが幹細胞です。幹細胞は細胞を生み出す元の細胞で、一つの細胞から自分と同じ細胞を持った性質の細胞(自己複製能力)と、他の組織細胞に変化する細胞を(分化能)を作り出す力があります。
細胞にはもともと皮膚や血液のように寿命が短いもの、ケガや病気で損失してしまうものがあります。足りなくなった細胞を見つけては補充する役割が幹細胞にはありますが、幹細胞の総数自体年齢とともに減ってしまうため、新たな細胞を補充しきれないことが多々起こるようになります。そのため、皮膚にシワができたり、ケガが治りにくくなったり、病気を引き起こしたりなどということが起こりやすくなるのです。
幹細胞療法は絶対数が足りなくなった幹細胞を人工的に補い、活性化させ、生体機能の向上させる目的で行います。具体的には患者自身の腹部などの皮下脂肪から幹細胞を抽出し、専用の機関で増殖・培養を行います。それを再び点滴で再注入します。皮下脂肪に含まれる幹細胞を使用することから、「脂肪由来間葉系幹細胞療法」と呼ばれています。
注入された幹細胞は自ら血液に乗って全身を駆け巡り、細胞が足りないところ、傷ついている箇所を見つけては補充して回ります。その働きはホーミング効果と呼ばれています。
脂肪由来間葉系幹細胞療法で、期待される効果
脂肪由来間葉系幹細胞療法は老化した細胞や組織を修復することができるので、期待されているおもな効果としてはエイジング症状の改善です。皮膚、血管、関節の若返り、更年期症状の改善など年齢を重ねたことによるエイジング症状全般に高い効果が期待されています。
皮膚の若返り
脂肪由来間葉系幹細胞を投与することで、シミ、シワ、たるみといった肌の加齢性変化を改善します。幹細胞が投与されると、コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸の生みの親線維芽細胞が大幅に増殖します。そのため時間をかけながら線維芽細胞が有効成分を生み出すので、新たな細胞が肌の内側から肌をふっくらと持ち上げます。
血管の若返り
老化とともに血管や血管の壁は壊れやすい状態になります。組織を補強することで若い血管に蘇らせることを目指します。血管が若返ることで、肌ツヤが蘇る効果もあります。
更年期症状の改善
女性の場合は40代半ばに、男性は40代にかけてホルモンの減少によって心身ともに不調が現れ始めることがあります。これまではホルモンを補充したり、投薬によって症状緩和を狙ってきましたが、新しい選択肢として幹細胞療法が高い効果をあげると言われています。
その他にも幹細胞療法には、糖尿病、歯周病、将来的には、慢性腎臓障害、肝炎・肝硬変、心臓疾患などの症状改善、脊髄や脳の損傷の回復も期待が寄せられています。
今話題の「幹細胞コスメ」など類似商品との違い
幹細胞を補充することで全身の若返りが期待できることから、当然のように幹細胞には多くの注目が集まり、今医療機関以外のエステやコスメでも「幹細胞」と名前がつく商品が次々に登場しています。しかし幹細胞を抽出、培養するには専用の施設と専門家が必要です。そのため幹細胞を扱うことができるのは、厚生労働省が承認した医療機関のみです。それなのになぜ多くの場所で幹細胞の名を目にするのでしょうか?
エステやコスメその他でよく見かける幹細胞には、ヒトから抽出した幹細胞そのものを扱っているものはありません。たとえ幹細胞と謳っていても、それらは幹細胞を培養する際に出た、「幹細胞培養液」、もしくは植物から抽出した「植物由来幹細胞」であり、人間から採取した「ヒト幹細胞」とは全く異なるものです。幹細胞培養液は幹細胞を培養した時に分泌した抽出液であり、成長因子などが含まれた美容液のようなものです。植物由来幹細胞は、抗酸化作用のある植物から抽出した幹細胞です。いずれも美容効果があっても脂肪由来間葉系幹細胞のように、細胞そのものを生み出したり、傷ついた細胞を修復したりする力はないため、根本的に別物であることを理解しておく必要があります。
また、これまでの見た目の若さを保つための美容医療との違いについても触れておくと、簡単なシワ対策として多く行われているのは、足りなくなったコラーゲンやヒアルロン酸を外から補う注入治療です。これは肌に吸収されてしまったら、効果は終わる対処療法ですが、幹細胞療法は細胞自体を増やすため、長期にわたり次々に新しい細胞が作り出されるため根本的な解決策になり得ます。